大洞院

大洞院

静岡県森町(遠州森)にある森の石松の墓があることで知られる禅寺が大洞院。山号を橘谷山(きっこくざん)といい、南北朝時代の応永18年(1411年)開山の名刹。室町幕府4代将軍、足利義持(あしかがよしもち/足利義満の子)が寺領を寄進し、伽藍を建立したと伝えられています。本尊は麻蒔地蔵菩薩(あさまきじぞうぼさつ)。

勝負運、子授け、厄除けの寺

大洞院

曹洞宗の大本山・総持寺の五院列祖(五摂家)の第一、太源派(総持寺第3世太源宗真の法系)の派頭として、全国に3400以上もの末寺を有しています。
遠州に曹洞宗の寺が多いのは、大洞院を拠点に太源宗真(たいげんそうしん)に始まる太源派が布教をしたからというのも大きな要因。

境内に森の石松の墓があり、勝負運、子授け、厄除けの寺としても有名。
森の石松の勝負運にあやかろうと、墓石を削って持ち帰る人が後を絶たないとか。
毎日のように削られてしまうので現在は3代目の墓。

また「代継ぎのすりこぎ」と呼ばれる杉のすりこぎは、削って枕元に置くと、子授けのご利益があるのだとか。
勝運御守、お札と初代石松の墓石(勝運石)が入った勝運ストラップなどユニークな勝運授与品も用意されています。
新緑の春紅葉(はるもみじ)、秋の紅葉も実に見事で、被写体としても人気があります。

森の石松は実在しない!?

大洞院
森の石松の墓

ちなみに清水次郎長の子分として幕末期に活躍した森の石松は、三州半原村(後の愛知県新城市富岡)、あるいは遠州森町村(後の静岡県周智郡森町)の出身。
講談や浪花節に登場する有名な侠客で、浪曲では「福田屋という宿屋の倅」ということになっていますが、実は詳細は定かでありません。

山岡鉄舟のすすめもあって一時期清水次郎長の養子だった天田五郎(天田愚庵)が記した『東海遊侠伝』(明治17年刊)が貴重な裏付けとなっています。
ただし石松が隻眼(せきがん)であることは、同じ次郎長の子分だった豚松と混同されているともいわれ、石松の存在すら信憑性が疑われることがあります。

名称 大洞院/だいとういん
所在地 静岡県周智郡森町橘249
電車・バスで 天竜浜名湖鉄道遠州森駅からタクシーで10分
ドライブで 新東名高速道路森掛川ICから約5.5km
駐車場 50台/無料
問い合わせ TEL:0538-85-2009
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

【除夜の鐘&初詣】橘谷山大洞院(森町)

橘谷山大洞院(きっこくざんだいとういん)は、1411(応永18 )年開山の遠州森の名刹。曹洞宗の大本山総持寺の五院として、全国に3400以上もの末寺を有しています。境内には清水の次郎長の子分、有名な森の石松の墓があり、勝負運、子授け、厄除け

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