静岡県静岡市葵区、静岡市街の中心部、静岡駅と東静岡駅の間に位置する谷津山(標高107.9m)の山頂に築造された前方後円墳が谷津山古墳。墳丘長は110mで、駿河国(静岡県東部)では最大の古墳。古墳の南側を東海道新幹線が走り抜けるという異色の景観を目にすることができます。
静岡県最大級の前方後円墳が静岡市街の真ん中に!
明治14年、後円部の祠を改築する際に、主体部の埋葬施設が発掘され、多くの遺物が出土。
ただし、埋葬施設から発掘された副葬品の鏡6面は、散逸し、遺物の一部のみが東京国立博物館に保管されています。
谷津山古墳(谷津山1号墳)のほかに、周辺には谷津山2号墳(墳丘長36m/前方後円墳)、谷津山3号墳(円墳)、谷津山4号墳(円墳)が築かれています。
東西に伸びる尾根上に谷津山ハイキングコースが整備され、107.9mの三等三角点、浅間神社がある一帯が谷津山古墳。
一帯は古墳の森公園として整備され、東西の縦走路のほか、南北からも登山道がのびています。
JR東静岡駅からだと、徒歩7分の静岡県護国神社から徒歩30分。
古墳一帯にはスダジイとコジイの古木が茂り、温暖な静岡らしい植生になっています。
古墳時代前期(4世紀頃)の築造で、廬原国造(いおはらのくにみやつこ)に繋がる首長の墳墓とも推測されています。
縄文海進期に静岡平野は駿河湾の入江(古大谷湾)で、谷津山などは島だった推測でき、静岡平野に人々が住み始めたのは、海が後退した弥生時代の中期以降のこと。
縄文時代には、巴川沿いでも新東名の新静岡IC近く、麻機あたりまでは海だったことがわかっています。
弥生時代になって、海が後退し、安倍川の乱流による微高地に集落が発達し、登呂などの低地で耕筰が行なわれたのです。
古墳時代になって、駿河湾や巴川の舟運を掌握した首長が、眺めの良い谷津山の頂に、墳墓を構築したのが谷津山古墳。
谷津山古墳 | |
名称 | 谷津山古墳/やつやまこふん |
所在地 | 静岡県静岡市葵区 |
電車・バスで | 静岡鉄道柚木駅から徒歩15分 |
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