ふじのくに田子の浦みなと公園

ふじのくに田子の浦みなと公園

静岡県富士市、田子の浦港の港湾整備(浚渫工事)で生まれた土砂を利用し、田子の浦港に築かれた静岡県営の公園がふじのくに田子の浦みなと公園。田子の浦港越しに富士山を眺望する富士山ドラゴンタワー、アスレチック遊具、山部赤人万葉歌碑、歴史学習施設ディアナ号などが整備されています。

「富士山ドラゴンタワー」がそびえ立つ

展望広場(築山、高さ37.76mの展望施設「富士山ドラゴンタワー」)、冒険広場(冒険の丘、アスレチック遊具)、さらに多目的広場、芝生広場、子育て支援広場、港の見える丘(展望ステージ)、展望の丘(海辺の展望広場)、夕日のステージなどが整備されています。

公園は終日開放されていますが、駐車場には利用時間が設けられ、夜間の駐車はできないのでご注意を。

「歴史学習施設ディアナ号」は、ロシア軍艦ディアナ号を実物の3分の1の大きさで再現したもの。
嘉永7年(1854年)、ロシア軍艦ディアナ号は、下田湊来航時に安政の大地震に遭遇して大破。
修理のため西伊豆の戸田に向かう途中、富士郡宮島村(現・富士市宮島)沖で投錨、悪天候で漂流し沈没していますが、地元漁民らの救助活動もあって、外交使節と多くの乗組員は無事に上陸。
下田で日露和親条約を締結、そして戸田で新造船「ヘダ号」を造船しています。

「歴史学習施設ディアナ号」1階の展示スペースには海底から引き揚げられたディアナ号の鎖の一部、ディアナ号を紹介するパネルが展示されています。

かつての吉原湊を浚渫して田子の浦港に

田子の浦港は港湾法上の重要港湾。
潤井川、和田川、沼川の河口部の吉原湊がルーツで、対岸にある「富士と港の見える丘公園」あたりには鎌倉時代に見付が築かれ、その背後には見付宿がありました(戦国時代に津波や砂丘からの砂の被害で内陸に移され、吉原宿となりました)。

江戸時代の吉原湊に陸上げされた物資は、伊豆で産する石材、塩、遠州や伊勢の海産物、瀬戸物などで、積み出された物資は年貢米や木炭、木材などでした。
富士登山の海の玄関口として旅客輸送も担っていました。

吉原湊は砂浜の海岸で、浚渫(しゅんせつ)して「掘り込み式港湾」の田子の浦港が誕生しました。
昭和33年、田子の浦港の第一期工事が始まり、潤井川、和田川、沼川の河口部の陸地を逆三角形に切り取って昭和41年に完成。

そんな田子の浦港ですが、沿海漁業では、今でも田子の浦しらすが有名で、田子の浦漁協食堂も営業(4月〜12月下旬営業)。
6月第3日曜に『しらす祭り』、10月第4日曜には『しらす街道フェア』も行なわれています。

ふじのくに田子の浦みなと公園
田子の浦港
名称 ふじのくに田子の浦みなと公園/ふじのくにたごのうらみなとこうえん
所在地 静岡県富士市前田地先
関連HP 富士市公式ホームページ
電車・バスで JR吉原駅から徒歩30分
ドライブで 東名高速道路富士ICから約6km
駐車場 139台/無料
問い合わせ 静岡県田子の浦港管理事務所 TEL:0545-33-0496
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
富士山ドラゴンタワー

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