家康公鎧掛松

元亀3年12月22日(西暦1573年1月25日)、徳川家康は三方ヶ原の戦いから命からがら浜松城へと逃げ帰ります。城内にあった松の木陰で休み、鎧を脱いで松に掛けたことから鎧掛け松と呼ばれています。

徳川家康が、大敗北の戦のあと鎧を掛けたと伝わる松

初代の松は浜松城榎門(えのきもん)横の包丁堀脇にありましたが、昭和7年の暴風雨で倒壊。
現在の松は平成4年に元城町の人々の手によって植樹された3代目です。

家康公鎧掛松の西側にあった馬冷(うまひやし)という地名は、藩士が乗った馬を冷やした池があったことに由来。

武田信玄に対峙する徳川家康が本拠とした浜松城ですが、実は家康が居城としていた頃の構造物は平成26年に発見された本丸の南側の堀跡くらい。

1570(元亀元)年に建立された浜松城ですが、当初は石垣も天守もない簡素な造り。
家康の統治は17年で、その間の城の遺構はこれまで堀を除いて確認されていません。
 

家康公鎧掛松 DATA

名称 家康公鎧掛松/いえやすこうよろいかけのまつ
所在地 静岡県浜松市中区元城町103-2
関連HP 浜松観光コンベンションビューロー公式ホームページ
電車・バスで JR浜松駅バスターミナルから遠鉄バスで5分、市役所南下車、徒歩すぐ。または、遠州鉄道鉄道線遠州病院駅から徒歩11分
ドライブで 東名高速道路浜松ICから約8.8km
駐車場 浜松城公園駐車場(55台/無料)
問い合わせ 浜松市観光インフォメーションセンターTEL:053-452-1634
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

三方ヶ原古戦場(三方ヶ原古戦場碑)

2017.12.18
 

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